イトグモ 

イトグモ Loxosceles rufescens (イトグモ科)

イトグモ科(Family Sicariidae)に属する体長10㎜程の種。薄暗い環境を好む地味なクモであるため認知度は高くないが、同じ科に属する北米産のドクイトグモL. reclusaは有毒種として有名。

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【イトグモ♀成体背面図 2017/8/11 つくば市

建物の玄関に敷かれたマット下より発見。腹部が著しく肥大しており、産卵前か摂食直後を思わせる。白っぽい網糸から構成される「ボロ網」を張っていることもある。

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【イトグモ♂成体背面図 2017/8/11 つくば市

上♀の隣にいた個体。♂は体に対して歩脚が長く、異様な風貌を持つ。

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【イトグモ♂成体背面図 2015/10/5 つくば市

倉庫の隅に放置された木板の下に隠れていた個体。古代生物のような味わい深さを覚える。

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【イトグモ♂成体前面図 2015/10/5 つくば市

上♂と同個体。特徴的な顔つきをしている。

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【イトグモ幼体背側面図 2017/8/11 つくば市

外階段下に溜まった落ち葉の隙間から走り出てきた個体。

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【アリの一種を摂食中のイトグモ幼体 2017/10/31 つくば市

壁面の窪みにてアリを摂食していた。捕獲したのか死骸を食ったのかは不明。

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【イトグモ♂成体眼域(左)および触肢(右)2015/10/5採集個体 つくば市

タマゴグモ科同様、眼は6個。触肢は非常に単純な構造をとる。

 

以下にはイトグモに対する生態学的興味を書きなぐる。

本種は人為的に分布を拡大させた種だと考えられており、建物周辺に多く棲息する。建物とはいっても、綺麗に清掃された屋内ではほとんど確認できない。むしろ、人通りが少なく砂ぼこりや落ち葉が溜まりがちな乾燥した環境、例えば木材の積まれた地下倉庫や外階段下にみられることが多い。地域によっては建物以外の環境においても確認されるようで、人工洞窟内の風雨の当たらない箇所に転がる岩くずの裏(小松, 2015)といった報告例がある。イトグモが、人工的環境の発達以前からこのような「風雨の当たらない乾燥した空間」に適応していたとすると、そこで獲得されたどのような形質が人工的環境への進出を後押ししたのだろうか。乾燥耐性や絶食耐性といった生理学的形質は特に重要だったと思われるが、他にも近年ドクイトグモで報告された「死骸食い」といった採餌様式(Sandidge, 2003)も注目に値する。もちろん、イトグモの人工的環境への進出とこれらの形質獲得の間にある時間的関係は不明であり、進出後急速に進化した形質も確認されるだろうと思う。

 

引用文献

小松貴 (2015). 香川県高松市女木島におけるイトグモの記録. KISHIDAIA 107: 12.

Sandidge JS (2003). Scavenging by brown recluse spiders. Nature 426: 30.

ジグモ♀とワスレナグモ♀

ジグモAtypus karschii (ジグモ科)

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【ジグモ♀成体背面図 2017/5/17 つくば市

「ジグモ釣り」によって巣の中から引きずり出した個体。体長は20㎜と大型。

 

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【ジグモ住居 2015/8/13 つくば市

建物の壁や樹木の根本などを基質として利用することが多いが、草本の根本付近に巣を張り付けることもある。巣の上部には脱皮殻や獲物の食べかすなどが張り付けられることが多い。

 

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【ジグモ♀鋏角 2017/5/25 つくば市

ジグモ科は上顎のみを用いて獲物を捕獲するため、長大な牙を有する。牙の下部に位置する一対の突起は「下顎(顎葉)」と呼ばれる器官で、摂食時に用いられる。

 

ワスレナグモCalommata signata(ジグモ科)

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【ワスレナグモ♀成体背側面図 2016/9/21 つくば市

この個体も体長20㎜ほどあった。牙を振り上げて威嚇している。触肢および前脚はか細いが、後脚は太く力強い。

 

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【ワスレナグモ♀成体と住居 2016/9/7 つくば市

夜間、巣の入り口にて獲物を待ち構える。地表を歩き回る虫が起こす振動に対し敏感に反応し、獲物が接近した瞬間に牙を用いて巣内に引きずり込む。

 

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【ワスレナグモ鋏角 2016/4/22 つくば市

牙の内縁が張り出しており、断面は円形ではない。獲物の体に「突き刺して」捕らえるというよりは「挟み込んで」いるように見える。巣内に引きずり込んだ後は上顎を左右交互に動かして獲物の体を粉砕し、体外消化する。

 

 

 

タマゴグモ科の微小種たち

タマゴグモ科(Oonopidae)は体長1~3㎜程度の微小な種を含む分類群である。微小ゆえに本科の認知度は低いが、実にユニークな種が属している。

 

ダニグモGamasomorpha cataphracta (タマゴグモ科)

つくば市では街路樹の樹皮や樹木名プレート裏に多く見られる、全身が赤褐色の微小なクモ。腹部が硬いキチン板に覆われているのが特徴。樹皮表面を素早く走り回る。

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【ダニグモ♀ 2016/6/9撮影 つくば市

 

ナルトミダニグモIschnothyreus narutomii(タマゴグモ科)

森林の林床にて、落ち葉中や倒木の下から見いだされるクモ。体は黄褐色で、腹部背面に小さなキチン板が認められる。

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【ナルトミダニグモ♀ 2016/10/15撮影 つくば市

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【ナルトミダニグモ♀ 2017/2/27撮影 奄美大島

色彩変異があるようだ。奄美大島では赤色の強い個体が見られた。

 

ダニグモ属の一種Gamasomorpha sp.(タマゴグモ科)

水田や畑の脇に置かれたコンクリートブロックの裏より発見した、全体的にくすんだような体色をしている種。種の見当はついているが、成体を採集できていないため保留とする。

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【ダニグモ属の一種 2016/10/2撮影 つくば市

 

オキツハネグモOrchestina okitsui(タマゴグモ科)

屋内に生息する淡褐色の微小なクモであり、本個体は友人の標本箱の中より発見した。

ハネグモ属の仲間は第四脚腿節(図中矢印)が発達しており、跳躍して逃げることがある。

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【オキツハネグモ♀ 20171108撮影 つくば市

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【オキツハネグモ♀ 2015/12/26撮影 つくば市

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【同個体側面図 2016/12/26撮影 つくば市

 

アカハネグモOrchestina sanguinea (タマゴグモ科)

つくば市では主に平地の雑木林に生息し、ササ類をビーティングすると大量に得られることもある。夜間は葉枝間にぶら下がっていることが多い。

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【アカハネグモ♀成体 2016/7/5撮影 つくば市

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【同個体側面図 2016/10/29撮影 つくば市

 

タマゴグモ科の特徴は?

タマゴグモ科の特徴として「眼が6個または完全に退化(普通のクモは8個)」、「書肺は1対で二対の気門をもつ」、「3対の短い糸疣)」などが挙げられている(小野2009)。当然ながらいずれも微視的な形質であり、野外において「あっこいつタマゴグモ科だ!」と実感するのは容易ではない。むしろ、「ダニグモ」や「ハネグモ」といった属レベル、種レベルで認識することのほうが多いだろう。

タマゴグモはその微小さゆえに捕食習性などの基礎的な生態が解明されていないグループのひとつであり、観察対象としては非常に興味深い。微小種を一概に「ダニやトビムシを捕食する習性をもつ(だろう)」とあしらうのは乱暴である。地道な作業になるが、野外で採餌を確認した際はしっかり記録しておきたい。

ミヤグモとコマツエンマグモ

 

ミヤグモAriadna lateralis(エンマグモ科)

平地の神社、寺院周辺や山地の林道などに生息する。主に針葉樹の樹皮下や石垣の隙間などに造巣しており、巣穴の入口から放射状に受信糸を張り出す。

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【ミヤグモ♀ 2016/2/25撮影 つくば市

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【ミヤグモの住居 2015/12/27撮影 つくば市

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【ミヤグモ♂成体 2017/7/8 つくば市

♀の巣を訪問していた。

 

コマツエンマグモSegestria nipponica

(エンマグモ科)

ミヤグモが平地でもふつうに見つかるのに対し、コマツエンマグモは主に山地で確認される。住居は一見するとミヤグモのものと似ているが、本種方が糸の強度が低いように感じる。ミヤグモが斑紋を欠くのに対し本種は腹部背面に特徴的な斑紋が並ぶため、識別は容易。

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コマツエンマグモ♀ 2016/10/15撮影 つくば市

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コマツエンマグモと住居 2017/4/15撮影 つくば市

 

 

 

キシノウエトタテグモとキノボリトタテグモ

キシノウエトタテグモLatouchia typica(トタテグモ科)

茨城県では平地から山地にかけてみられるが、平地で見つかることが圧倒的に多いように思われる。公園や神社周辺の石垣の隙間、樹木の根元付近などに穴を掘り、入口を円形の片開き扉で塞ぐ。

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【幼体の巣 2017/5/21撮影 つくば市

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【幼体 2017/5/21撮影 つくば市

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【幼体(上とは別個体) 2017/5/21撮影 つくば市

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【幼体(上とは別個体) 2016/9/28撮影 つくば市

 

キノボリトタテグモConothele fragaria (トタテグモ科)

キシノウエトタテグモが平地で多くみられるのに対し、本種は山地に多く生息する。林道や渓流脇の岩の窪み、樹皮の隙間などに扉つき住居をつくり、表面を砂粒や地衣類などによって偽装している。空き家が多い印象。

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【幼体と巣 2017/4/15 つくば市

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【幼体 2017/4/15 つくば市

カネコトタテグモ

カネコトタテグモAntrodiaetus roretzi (カネコトタテグモ科)

つくば市では主に山地の林道や渓流脇の地表、樹木の根元などにみられ、地中に穴を掘って入口に観音開きの扉をこしらえる。クモは夜になると扉のすぐ内側で待機し、近くを昆虫等の獲物が通りかかると扉を開けて飛び出し、前脚でつかんで巣に引きずり込む。

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【巣から飛び出したカネコトタテグモ♀ 2017/4/14撮影 つくば市

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【別個体♀ 2017/4/14撮影 つくば市

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【別個体♀ 2017/4/14撮影 つくば市

巣の入口を枝などで慎重に擦ってやると、餌だと勘違いしてクモが巣の中から飛び出してくる。後二脚(第三、四脚)は巣の入口に引っ掛けたままで、触肢および前二脚(第一、二脚)を用いて獲物を抱え込むようすが観察できる。

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【カネコトタテグモ♂成体 2017/4/8撮影 つくば市

♂成体は♀に比べて歩脚が長く、第一脚脛節に特徴的な剛毛を備える。夜間に♀の巣穴を求めて活発に歩き回っている様子がみられる。

 

ジグモ♂とワスレナグモ♂

ジグモAtypus karschiiとワスレナグモCalommata signataはいずれもジグモ科に属し、地中に穴を掘って生活する習性により知られる。

 

ジグモは民家の周辺などに多く生息し、庭先の植木鉢や樹木、草本の根元などによく目立つ袋状の巣(地上部)を張り付けるため、認知度が高い。幼少期に、本種の巣を引っこ抜いて中のクモを取り出す遊び(ジグモ釣り)を経験された方も多いだろう。

ワスレナグモも民家の花壇や植え込み、駐車場や畑の脇など身近な環境にみられるクモだが、ジグモにみられるような袋状の地上部を作成せず、巣は内側を白い糸で裏打ちされた単純な穴として開口する。巣の入口は地面に対して水平な方向を向いていることもあり、発見するのは容易ではない。

これらのクモは生活のほとんどを巣穴の中で過ごすが、♂の成体は成熟期になると地上を歩き回り、交配相手である♀の巣を探し始める。

 

 ジグモAtypus karschii(ジグモ科)

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【ジグモ♂成体背面図 2016/6/25撮影 つくば市

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【ジグモ♂成体側面図 2016/6/21撮影 つくば市

ジグモの♂は強大な上顎と白色の上顎基部、光沢のある黒色の体が特徴的である。6月の半ば頃から地面を歩き回る様子が観察される。

 

ワスレナグモCalommata signata(ジグモ科)

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【ワスレナグモ♂成体背面図 2016/9/14撮影 つくば市

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【ワスレナグモ♂成体側面図 2016/9/14撮影 つくば市

ワスレナグモ♂は体が華奢で歩脚も細長く、素早く歩き回る様子は一見するとアリのようだ。長い触肢と細長く突出した上顎が特徴的で、その異形さにはアゴザトウムシに通ずるものがある。9月頃に歩き回っているのを見かけることが多いように感じる。

 

これらの♂はいずれも民家の庭や公園といったごく身近な環境に出現するが、出現時期はずれているようだ。

ワスレナグモの♂が見つかった場合、周辺の植え込み等を注意深く探せば、♀や幼体の巣穴が見つかるかもしれない。